東芝のHD DVD撤退発表以来、各所から「次世代DVD戦争に終止符が打たれた」という報道がなされている。皆さんもそれらの記事に対して興味を惹かれ、各情報記事やコラムに目を通したことだろう。ご多分に漏れず、僕も大いに注目したひとりだった。
しかしそれらの記事を読み込んでいくにつれ、僕はどことなく違和感を感じるようになった。なにか本質が伝えられていないような、そんなもどかしさに近いものだ。そこで今回のコラムでは、これまで起こってきた次世代DVD戦争についての流れを整理しつつ、争いの本質はどこにあるのか、そしてその未来はどうなっていくのかを考えてみたいと思う。
「次世代DVD戦争戦争」の経緯を振り返る
まず最初に、次世代DVD戦争戦争の経緯について、簡単におさらいしよう。
スタートは、ソニーとフィリップスが1999年に発表した「DVR-Blue」規格だった。青紫色レーザーを使用し、12cmディスク片面一層で約22.5GBの大容量を持つこの規格は、次世代DVD、いわゆるハイビジョン時代の新メディアに相応しいとアピールされたのだ。
続く2001年、今度は松下や日立、東芝、日本ビクターなどが共同でDVD-RAMの発展型である二層相変化RAMディスクを発表。こちらにもDVR-Blueと同様の青紫色レーザーを使用していたが、二層記録方式を採用することで約50GBの容量をアピール。ソニー/フィリップスの規格に対して、ある種の牽制を仕掛けた。
しかし両者は争うことなく、統合の道を進むことになる。2002年に松下とソニーを含む9社が「Blu-ray Disc」(以下、BD)の規格を策定。次世代DVDはほぼこれで決まりだろうと思われた。だがBlu-ray Discは9社が独自に協議して導き出したもので、DVDフォーラムが認めたものではなかった。正確には次世代DVDと呼べるものではなかったのだ。その虚をつくように同年、東芝を中心に次世代DVD規格が提案され、「HD DVD」という名称でDVDフォーラムに正式に承認された。
その後、両者間で規格を統合すべく話し合いの場が何度か持たれたが、結局は物別れに終わり、独自にそれぞれの規格を推し進めることになる。まずは2003年にソニーがBDレコーダー、遅れて2006年に東芝がHDD内蔵HD DVDレコーダーを発売。2006年にはBD、HD DVDとも映像ソフトを発売し、本格的な次世代DVD戦争がスタートしたのだった。
両者の争いは当初からHD DVDが不利だという下馬評があったが、それが決定的になったのは、皆さんご承知のとおり今年1月の「今後(2008年6月以降)発売のタイトルからBDのみで供給する」というワーナーホームビデオの発表だ。これによって情勢は一気にBD有利へと傾き、2月の東芝「HD DVD」撤退発表へとつながることとなった。
こうやってこれまでの経緯を書いていくと、確かに「次世代DVD戦争はこれにて終局。ユーザーは安心してBDを買えるようになった」という報道は至極正しく思える。しかしこの論法には、大きな落とし穴がある。細部に気を取られるあまり、全体像が見渡せなくなっているのだ。
もっとも重要視して考えるべきなのは、「どうして次世代DVD戦争が起こったか」という、その本当の理由についてだろう。経緯を読むと「企業の自社利益獲得のため」という印象を持つだろうが、それは半分正しいが半分は間違っている。根底に流れているのは、あくまでも「映像コンテンツ産業のさらなる振興と継続」だ。「映像は儲かる。事実これまでは儲かってきた。だから今後も“みんな”で儲け続けよう」というのが、次世代DVDを必要とした理由であり、“みんな”というのを誰まで含めるようにするかが、次世代DVD戦争の根幹をなす理由なのである。そして「BD vs HD DVD」においては、最終的に少数派になってしまったHD DVD陣営が単に仲間から外されてしまっただけ、という話なのだ。
各社の報道で違和感を感じたのは、まさにこの部分だ。もちろん今後、次世代DVDを積極的に導入しようとするユーザーには、今回の1本化は歓迎されるべきニュースかもしれない。しかしそれは、最初から1つの規格であれば(導入する決断が早かったなど)もっとメリットが高かったことだし、すでにHD DVDを購入しているユーザーに対しては逆にデメリットを与えることになってしまう。一体誰に対してメリットを与える決定、そして報道なのだろうか。
別の見方をしよう。メーカーの発表内容を歪曲せずストレートに報道するのは、メディアとして正しい姿だと僕も思う。しかし、ものの本質を正しく理解せず報道することは、中道を示しているつもりがいつの間にか提灯記事に陥りかねない、そんな危険をはらんでいる。どことはいわないが、そんな内容になってしまっている報道が多少なりともあったのは事実。同じ“伝える”側にいる人間としては、とても残念なことだ。
本当の次世代DVDのライバルは「ネット配信」
僕の話も“本質”から外れてしまった。ここらで元に戻そう。
そういった事情を考えると、HD DVD撤退騒動は、次世代DVD戦争の終局ではなく、その真っただ中における陣営の強化策であることに気がついてもらえるだろうか。実のところ、次世代DVD戦争における真の対立者は、ディスクメディアを中心に据えた既存の体制と、ネットを中心に据えた(映像コンテンツ供給手段としては)新しいビジネスプランなのだ。
ハイビジョン時代の映像ソフト/記録提供手段として「BD」という新メディアを作り上げ、流通の体制も整えたものの、世間はいまやネット中心の時代になりつつあり、このままでは儲けどころか投資した資本すら回収できない可能性だってある。もう、BDだ、HD DVDだと、内輪もめしている場合ではない。そう思ったハードウェアメーカーと、ソフトの権利を守りたい立場から「ネットはまだ早い」と判断したハリウッドをはじめとするコンテンツ関係者の利害が一致して、HD DVD撤退騒動へと結びついたのである。
この動向は一部の人間、なかでも映像とコンピューター関連の両方に(さらに加えれば経済にも)詳しい著名人のコラムなどでは語られているので、知っている人は少なくないと思う。しかし、それらの記事でも見逃している、もしくはあえて語られていない部分がある。それは、ネットでの映像供給はハイビジョンとの相性が悪い(本格的なネットでの映像供給がスタートした場合、今のキャパシティーではオーバーフローしてしまうことが想像できる)、さらに言えば、ハイビジョンである必要性さえ考慮されていないということだ。このことは、ハイビジョンという“売り”でユーザーにアピールしようとする映像業界の方針と、真っ向から対立してしまう方向性なのだ。
そもそもユーザーが本当にハイビジョンを求めているのだろうか、という根本的な問題だってある。「映像コンテンツ産業のさらなる振興と継続」のために、ハイビジョンという提案が示されたが、ユーザーの反応は映像業界各社が想像していた以上に冷静で、その普及はけっしてスムーズとは言えない。特に日本においては、一般家庭の経済状態や部屋の広さから求められるテレビサイズの問題などもあって、積極的なハイビジョンへの移行というよりも、テレビが壊れたので買い換えたらハイビジョンがオマケについてきた、という程度が実情だろう。実を言うと僕も、32インチ前後までのテレビだったらハイビジョンである必要性をあまり感じていない。
現在からちょっとした未来へは、ネットによる映像コンテンツ供給の方が遙かにマッチしていることを映像コンテンツ産業側もよくわかっている。けれども今すぐ移行しては“みんな”が儲からないので、いまは「BD」を推し進めておき、体制が整ってからさらにシェアを拡大する手段のひとつとして活用しよう、というのが多数派の本音だろう。そういった事情だから、「皆さん安心してBDを買ってください」という報道なのだ。
僕はほとんどの映像を100インチスクリーンで見ているので、いまやハイビジョンは不可欠な存在となっている。フルハイビジョンの精細な映像は素晴らしいと思うし、BDタイトルもどんどん増えてほしいと個人的には思っている。けれども皆さんが同じように、ハイビジョン愛好家になる必要はまったくない。個人個人が冷静に判断を下し、時には応援(購入)、時には黙して語らず(不買)を貫き通して、ユーザーに数多くの恩恵を与えてくれる、健全な市場を育んでいこうではないか。
カーオーディオ専門誌「AUTO SOUND」、4駆自動車雑誌「4X4MAGAZINE」などでカーAV系を中心に活躍するフリーライター。常に数台のクルマを所有せずにはいられないクルマ狂であり、同時にラジオすら付いていなかった1970年式のフィアット・チンクエチェントに本格カーオーディオを取り付けてしまった音楽狂でもある。





